「20周年の集い」参加申込開始しました!

Q3.知識をひけらかしたり、相手を論破しようしたりする参加者に対して、どうする?

心得を掲げて続けていると

長いこと「人の話をよく聴く」「自分の言葉で話す」「自分の考えが変わることを楽しむ」という心得を掲げてやってきたので、そういう人はあまりいなくなりました。

術語を使いたがる人にはその説明を本人に求め、既存の理論を使いたがる人にはそれに関するその人自身の考えを問います。そういう理論もあるけど専門家の間でも賛否あります、と説明を加えることもあります。事実に関する知識に頼って話す人にも同じ対応をします。論破しようとする人には、まずは他の参加者に意見を求めますが、ぼくが反論することもあります。それで来なくなった人もいますが、対話の姿勢が随分成長した人も何人かいます。

寺田俊郎(正会員)

兆候を把握したら間髪を入れず

ある時、自説を声高に話し続け、ルールを無視して他の参加者の発言にいちいち反論する参加者がいました。こちらの声掛けを無視し続け、ある瞬間から喧嘩になりました。こちらもHot temperなものでセッションの進行を止めると宣言しました。大きな声で応酬がしばらく続き、最後は私が「おかえりください」と言って参加費を返したことがありました(机にたたきつけました・・・)。

いやはや、若気の至りです?!いえ、そうではなく、大きな声や音、ジェスチャーは恐怖を与えます。あの時の参加者の方々には申し訳なく思っています。

その反省もあって今は・・・

セッション前にルールを書いた説明書を配布し説明をしています。違反があった場合には進行役が適切に介入することを周知しています。

セッション中は参加者の様子を注意深く観察し、今何が起こっているのか、次に何が起こりそうか、アンテナをしっかりと張ります。例えば、発言の冒頭で「えーっと」と間を取る、肩や身体を揺らす、視線を一点に集中させるなど、発言前から構えている様子が読み取れることがあります。その後、自分の考えというより、読んだ本の内容や他人から聞いた話、あるいは陰謀論と思われる話をすることが多い傾向があります。また、嫌味のある質問をしたり、全ての発言に逐一反応する人もいます。

兆候を把握したら、間髪を入れず(というつもりで)「短くお話しください」「内容を絞りましょう」「ご自身の意見をお聞かせください」と軽く声を掛けることで、たいていの場合は冷静に立ち止まってもらえます。さらに万が一のため哲学カフェの説明書には、メタ・ダイアログを行うことを明記しています。これによりセッションを一時中断してそこで起こっていることについて参加者全員と考えることができる機会を確保しています。

赤井郁夫(正会員)

達観した態度のほうが問題かも

私は学校で子どもたちとともに哲学対話をしてきました。ここ10年ほどの傾向として私が教えている子どもたちは対話が上手くなったように思います。授業をはじめる前から、よく話し、よく聞くことができている子が増えているように感じます。おそらく小学校や中学校の頃から「話し合い活動」や議論を行う授業に参加していて、人と話しをする際に気をつけるべきことを学んでいるからでしょう。そのため、知識をひけらかしたり、相手を声高に論破しようとする子はあまり多くはありません。

興味深いのは、子どもたちがそれまでの授業の中で明確に上記のような行いを禁止されたり「それは悪いことだ」と厳しく注意されたり指導されたりしてきた様子はないということです。おそらく彼らは話し合い活動の中で(ある意味では)自然とそのような「よき議論」の態度を身につけてきたのではないでしょうか。

私が哲学対話を初めた当初は知識のひけらかしや論破グセのある子どもがよくいました。ただ、学校で教員として哲学対話をファシリテートしているときには、そのような「悪い態度」はあまり問題になりません。なぜなら、教員は知にかんする圧倒的な権力を教室では持っているからです。教員相手に子どもたちが論破しようと挑んでくることはあまりありません。むしろ自分のもっている知識を思わずひけらかしてしまうのは教員にこそありがちな失敗です。

もしかすると学校の哲学対話においては「みんな違ってみんないい」というある種「達観」した子どもの態度の方が問題かもしれません。議論で熱くなりすぎるのも問題ですが、「どっちでも良いんでしょ」という態度は対話全体を冷めたものにしてしまいます。そういうときは教員が自ら少し変な立場をとったり意見を言ったりして議論を盛り上げようとすることもあります。

村瀬智之(正会員)

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