参加者層は拡大・多様化
開催地域や会場などによっても当然変わるのですが、全体的な傾向でいえば様々な哲学カフェが開かれるようになったことで参加者層は拡大・多様化しているように思われます。女性や学生など若い世代の参加も増えてきたように思いますし、社会的マイノリティ属性を持つ当事者のグループでも哲学対話が開催されているケースがあります。一方で、哲学史や専門研究としての哲学に関心を持って参加される方の割合は以前より減っているかもしれないと感じています。
熱量については…なかなか難しいですね。私の開催している哲学カフェでは参加者の多様化によって議論が穏やかなスタイルになっていることを感じますが、熱量が低いわけではないと思います。同じ哲学カフェに毎回参加してくれる「リピーター」の方や、色々な哲学カフェを「ハシゴ」されている方は昔からおられますし、あまり変わっていないのかもしれません。(熱量ってどうやったら分かるんでしょうか?)
山本和則(正会員/余白製作所)
最近は若い人や学生さんも
参加者層は参加を申し込まれる方に年齢などはあまり聞きませんが、神戸で哲学カフェを始めた2005年ころから中高年の方の参加が多かったように思います。しかし、最近は比較的若い方、大学生や高校生も参加されるようになりました。
熱量の定義がよくわかりませんのでなんとも言えませんが、参加者の熱意ということでは、みなさんそれなりにテーマなどに関心をもって参加されているので、昔も今も熱心さを感じます。
ただ、熱心さのあまり無意識のうちにご自身の考えを熱く語り、他の方にご自身の考えを押し付けるような場面も少なくなかったように思います。もちろん、そのような場合は進行役が控えめにそのようなことがないようにお願いします。そこで、10年くらい前から口頭だけでなく、参加者には「神戸哲学カフェで大切にしていること」という用紙を配り、ルールなどの説明をしていますので、数は減ったように思いますが、今もそのような「熱い」参加者はおられます。
藤本啓子(正会員)
限界のなかで対話する意味と熱量
参加者層にはあまり変化を感じません。当初から老若男女、高校生から高齢者までさまざまな年齢層、男性も女性も参加されていたし、今もそうです。職業や身分は積極的には尋ねないので、正確なことはわかりませんが、発言から、いろいろな職業や身分の方々、さまざまな人生経験をもった方々がおられるのを感じます。ただ、2015年ごろからは、街中の哲学カフェも増え、学校でも哲学的対話が普及したせいか、自分でも哲学カフェを開きたいという方や高校生・大学生の参加が増えたのは確かです。『哲学カフェのつくりかた』を読んできた、という方もありました。また、一般の哲学カフェと哲学のテキストを読むカフェ(「テツドク!」など)では、明確に参加者層が異なります。そういえば、以前は、哲学カフェに哲学の知識を学ぶ場だと勘違いして参加する方もありましたが、今はほとんどありません。
熱量もさまざまだと感じます。熱心というか、生き生きと楽しそうに参加する方もあり、進行役としても嬉しくなります。そういう方のなかには、考えることが好きな方もあれば、人間や社会に疑問をもっている方もありそうですが、興味深いのは、どうやら哲学カフェが仕事に役立っているらしい方があることです。とくに職業人向けに開いているわけではないのに、哲学的対話の経験を企業で活用しておられるらしいのです。そういえば、熱量に関して、一つ残念な経験があります。生き生きと楽しそうに参加しておられた方が、ある時、みんな本音で話していない、もっと心からの声で対話すべきだ、と言って来られなくなったことです。ぼくは、公共の場で浅い人間関係のなかで語ることには限界があるが、その限界のなかでも有意義な対話ができるし、するべきだと考えているので、しかたがないのですが、とても残念でした。そういう方々にとっては、ぼくの哲学カフェはきっと熱量に欠けるものに見えるのでしょう。
寺田俊郎(正会員)